中小企業の経営者にとって、決算書は「損益計算書と貸借対照
表を見れば十分」と思われがちです。しかし銀行の審査担当者
は、それだけでなく「注記(脚注部分)」にも必ず目を通して
います。形式的に付け足したように見える注記ですが、そこに
は会社のリスクや経営姿勢が明確に表れます。融資を有利に進
めるには、この部分を軽視しないことが重要です。

1.偶発債務の注記
保証債務や訴訟リスクといった、将来支出につながる可能性の
ある事象は、注記で開示するルールになっています。たとえ金
額がゼロであっても「偶発債務はありません」ときちんと記載
しているかどうかは、経営の透明性を示すシグナルです。逆に
書き方が曖昧だと「他に隠しているリスクがあるのでは」と疑
念を持たれることもあります。

2.関連当事者取引の注記
同族企業では、社長個人や親族会社との取引が少なからず存在
します。銀行は「会社の資金が社外に流出していないか」を注
記で確認します。経営者借入金や貸付金などがある場合でも、
その理由や条件を明確に開示すれば「説明責任を果たしている」
と評価されます。逆に曖昧な記載は、ガバナンス不備と見なさ
れかねません。

3.リースや長期契約の注記
設備リースや長期の賃貸契約は、貸借対照表に全額が載らない
ケースもあります。そのため、銀行は注記から「将来必ず発生
する固定的支出」を把握します。経営者自身にとっても、注記
を整備することは固定費の棚卸しになり、資金繰り予測や経営
判断に役立ちます。

4.注記から伝わる“経営姿勢”
銀行は数字の大小だけでなく、注記が整理されているか、誠実
に説明されているかを見ています。形式的にコピペしたような
注記では「開示姿勢が弱い」と判断されやすく、逆に正確で丁
寧な注記は「経営管理がしっかりしている」というプラス評価
につながります。

■ まとめ
・決算書の注記は「おまけ」ではなく、銀行が信頼性を測る重
要な情報源です。
・偶発債務はゼロでも「なし」と明記する
・関連当事者取引は理由や条件を丁寧に説明する
・リースや長期契約の支払予定を整理して開示する

これらを徹底するだけで、銀行との対話がスムーズになり、資
金調達力の向上にもつながります。次の決算書では、ぜひ「注
記の質」にも目を向けてみてください。

近年急速に進化している「生成AI(Generative AI)」は、
もはや一部の大企業や先進的なIT企業だけのものではなくな
っています。ChatGPTに代表される生成AIは、中小企業の現
場にこそ必要とされる実用的な力を持っており、業務効率化、
人手不足の緩和、顧客対応の質向上など、多くの場面で変革を
もたらしています。

2025年の今、日本経済は労働人口の減少や物価高、競争の激化
といった課題に直面しています。その中で、中小企業が持続的
に成長していくためには、限られた資源をいかに有効に使うか
が問われています。そしてこのとき、生成AIはまさに「経営
者の右腕」となりうる存在なのです。

■ 書類作成・事務作業の自動化で「時間」を生み出す

日々の業務で時間を取られがちな見積書や報告書の作成、議事
録のまとめ、メール文の下書きなどは、生成AIが得意とする
分野です。
実際、ある建設業の企業では補助金申請書類の作成をAIに補
助させたことで、40時間以上かかっていた業務が6時間に短縮
されました。これにより担当者は、書類作成ではなく「現場確
認」や「顧客対応」に時間を割けるようになったといいます。
また、製造業の現場では、Excelの関数作成やマクロの自動生成
をChatGPTで行い、経理部門の定型作業を効率化。複雑な処理
をAIが提案・補完してくれるため、担当者のストレスも大き
く軽減されました。

■ 情報発信のハードルを下げ、マーケティング強化へ

「SNSの更新が続かない」「ブログを毎月書くのが大変」そん
な声は中小企業経営者からよく聞かれます。実は、このような
“アイデアはあるが形にできない”課題こそ、AIの出番です。
北海道のある雑貨店では、ChatGPTを使ってInstagram投稿文
の草案を自動生成し、それをスタッフが調整して投稿する運用
に切り替えました。その結果、投稿数が月2件から週2件に増
加し、オンライン注文数が前年比120%を記録。情報発信がで
きるだけで、顧客との接点が増え、売上にも直結します。
このように、AIは「発信を加速するパートナー」として、小
さな企業の声を大きく届ける力を持っています。

■ 顧客対応もAIでスマートに

生成AIは、顧客対応の質とスピードも劇的に変えます。たと
えば、ある学習塾では、保護者との面談内容を録音し、それを
AIで文字起こし・要約。個別のフィードバックレポートを自
動作成することで、保護者からの信頼が向上し、口コミによる
新規入塾も増えたそうです。
一方、地方のスーパーでは、AIチャットボットを導入し、営
業時間外の問い合わせにも自動対応。お客様の不満が減り、対
応スタッフの業務負荷も軽減されたとの報告があります。

■ 「いきなり全社導入」は不要。成功の鍵は“スモールスタート”

AI活用の成否は、「小さく始めて、徐々に広げること」にあ
ります。
ある中堅製造業では、まず営業部門で「日報の要約」や「提案
書のひな型作成」にAIを導入。その効果を確認したのち、管
理部門や開発部門にも展開し、半年で社員の8割以上が日常的
にAIを使うようになりました。
重要なのは、現場が「これは便利」と感じる体験をすること。
無理に全社導入を目指すのではなく、業務に合ったところから
一歩踏み出すことが、成功への近道です。

■ 中小企業にこそチャンスがある時代

生成AIは「万能な魔法」ではありませんが、「日々のちょっ
とした手間」を着実に減らしてくれる道具です。そして、大企
業に比べてフットワークが軽い中小企業こそ、AIの力を柔軟
に取り入れることで、大きな飛躍を遂げる可能性を秘めていま
す。この変化の波を、傍観するのか、それとも先んじて活かす
のか。経営者の選択が、企業の未来を左右します。

新工場建設等、複数行から大型の資金調達を行う際に、銀行側
から「シンジケートローン(SL)でまとめましょう」と提案
されることがあります。確かに契約一本化や期中管理の簡素化
は魅力です。しかし中小企業にとっては、アレンジャーフィー
と厳格なコベナンツ(財務制限条項)が大きなハードルになり
ます。個人的には、総合的に見て、同じ複数行スキームでも
「協調融資(コンソーシアム融資)」を推奨します。以下では、
その理由と協調融資を円滑に進めるコツを整理します。

1.アレンジャーフィーは「見えない利息」
シンジケートローンを組成すると、調達額の1~3%程度のア
レンジャーフィーと、年次エージェントフィーが発生します。
仮に10億円を調達すれば数千万円の一時コスト、加えて毎年
数百万円の維持費が必要です。協調融資であれば払わなくても
済むコストをわざわざ負担するかどうかが最初の分岐点です。

2.コベナンツは経営の「足かせ」になりやすい
SLでは参加行平等を担保するため、パリパス条項や財務コベ
ナンツが細かく定められます。典型的には「自己資本比率○%
以上」「債務償還年数○年以内」「主要役員の変更は事前承認」
など。違反すると全行が一斉に期限の利益を喪失させる権利を
持ち、資金繰りが良好でも契約変更を迫られるリスクがありま
す。事業環境が読みにくい中小企業にとって、経営の自由度を
引き下げる制約は避けたいところです。

3.協調融資の「煩雑さ」は工夫で緩和できる
協調融資は行ごとに契約を結ぶため、担保設定や返済スケジュ
ールが複線化しやすいのは事実です。しかし、以下の3点を押
さえれば管理負荷は大幅に下げられます。

1)リードバンク方式
メイン行を窓口とし、他行条件も基本的に追随形式で揃える。

2)共通条項表の作成
返済条件・担保順位・財務指標を一覧化し、全行と共有。修正
はこの表だけに反映させる。

3)年1回の共同面談
決算後にメイン行主催で参加行を招き、事業報告と次年度計画
を一括説明。バラバラの面談を減らす。

これにより「契約は行数分ですが、運営は実質一本化」という
体制が実現します。手数料ゼロの協調融資と、費用の伴うSL
の差額が毎年のキャッシュを守ることを考えると、手間をかけ
る価値は十分あります。

4.判断フロー(簡易チェックリスト)

・調達額が5億円を下回るか?
→ はい:協調融資で十分対応可能。

・参加行は3行以内に収まるか?
→ はい:協調融資の管理負荷は限定的。

・社内外に財務人員が確保できるか?
→ はい:SLの管理簡素化メリットは限定的。

・事業計画に「柔軟な増額」より「手数料節約」を優先したいか?
→ はい:協調融資向き。

3つ以上「はい」があれば、協調融資を選んだほうが総コスト
は低く抑えられる可能性が高いと言えます。

■まとめ
・アレンジャーフィーとエージェントフィーは「隠れ金利」で
す。規模が大きくない中小企業には無視できない負担になる可
能性があります。

・シンジケートローンのコベナンツは経営の自由度を縛ります。
環境変化の激しい中小企業ではリスクが高いと考えます。

・協調融資でもリードバンク方式と共通条項表で管理は簡素化
可能です。

費用を抑えつつ、制約を減らし、必要な資金を確保する。この
3点を優先するなら、中小企業には協調融資が現実的な選択肢
となります。まずはメイン行に協調スキームの枠組みを提示し、
手数料を掛けずに複数行をまとめる段取りを検討してみてくだ
さい。

■1.避けられない外部環境の圧力

2025年度、日本の最低賃金は全国平均で1,100円超えが確実視
されています。ここ数年の物価上昇、人材確保競争、そして政
府の「賃上げ促進」政策の流れを踏まえると、この潮流は後戻
りすることはありません。中小企業経営者にとって最低賃金の
上昇は単なる「人件費増」ではなく、経営の在り方そのものを
問い直される契機となります。

■2.直撃するコスト増の現実

仮に最低賃金が1,050円から1,100円に上がった場合、時給50
円の上昇となります。従業員30名が平均月160時間働くと、年
間で約288万円の追加コストとなり、営業利益率が数%しかな
い企業では即赤字に転落しかねません。

特に影響が大きいのは次の業種です。
飲食・小売:人件費比率が30%を超え、直接的な利益圧迫
介護・福祉:公定価格に縛られ、転嫁が難しい
製造下請け:取引価格が固定化され、値上げ交渉が難航
これらは企業の努力では吸収しきれない規模の「構造的負担」
です。

■3.経営環境の激変

最低賃金上昇はコスト以外にも多層的な影響を及ぼします。
・価格競争の淘汰:大手はブランド力で値上げを浸透させやす
いのに対し、中小は価格据え置きを強いられ、利益圧迫に直結。
・人材獲得の難化:働きやすさや福利厚生で見劣りする中小に
は人材流出のリスクが拡大。
・取引条件の圧迫:親企業や発注元がコスト転嫁を拒むケース
が増えれば、下請けは板挟みに。
つまり、賃上げは「労務コストの増加」にとどまらず、競争環
境・人材市場・取引構造の三方面から経営を揺さぶるのです。

■4.生き残るための5つの戦略

【1】値上げを「顧客への提案」に変える
単なる価格転嫁では顧客の理解を得られません。商品力・サー
ビス力を磨き、「なぜ値上げするのか」を物語として伝える必
要があります。
例:飲食店で「地元産食材を使い品質を高めるための値上げ」
と打ち出すことで、むしろ支持が拡大した事例もあります。

【2】生産性の劇的向上
・業務フローを徹底的に標準化
・ITツールやAIによる自動化
・人材配置の最適化
例えば、受発注や勤怠管理をクラウド化するだけでも事務工数
を30%削減できるケースがあります。人件費上昇は「業務効率
化の遅れを放置できない圧力」と捉えるべきです。

【3】柔軟な雇用設計
正社員一本足からの脱却が必須です。副業人材、シニア、女性
の短時間勤務、業務委託などを組み合わせ、多様な人材ポート
フォリオを築くことが、中小企業の競争力を高めます。

【4】取引交渉力の強化
「価格交渉促進法」の後押しもあり、下請け企業がコスト上昇
を一方的に押し付けられる時代ではなくなりつつあります。取
引先に依存するのではなく、複数顧客の確保や直販モデルを導
入し、交渉余地を広げることが必要です。

【5】事業構造転換
最低賃金上昇は「低付加価値ビジネスからの撤退」を迫るサイ
ンです。
・小売 → EC展開や高単価ニッチ市場へ
・製造 → 下請け脱却、自社ブランド化
・サービス → DX活用による省人化
つまり、労働集約から知識集約・付加価値志向へ移行できるか
どうかが分岐点となります。

■5.経営者の覚悟

2025年の最低賃金引き上げは「危機」であると同時に、「変革
のチャンス」です。
・値上げの決断
・生産性革命への投資
・雇用の柔軟化
・取引条件の見直し
・新規事業へのシフト
これらを同時並行で進めることが求められます。もはや「従来
の延長線上」では生き残れません。最低賃金上昇の波を単なる
脅威ではなく、経営体質を強化し、次世代へ進化するための圧
力と受け止めること。これが2025年を迎える中小企業経営者に
必要な視点です。

最低賃金の引き上げは避けられません。しかし、それを克服す
る過程でこそ企業は強くなります。中小企業にとって最も危険
なのは「変化を先送りすること」であり、最も大きな成長機会
は「いま決断すること」にあります。賃上げ時代を勝ち抜くの
は、コストに怯える企業ではなく、進化に挑む企業ではないで
しょうか。

借入余力のない中小企業は「借りられるときに借りる」が鉄則
です。しかし長期金利が1%台半ばへ上昇する最近は、潤沢な
手許資金が高い利息で目減りするリスクも無視できません。今
回は、銀行格付けでも採用される2つの指標を使い、自社の
「金利許容量」を数値で設定する方法を解説します。

1.利息/営業CF比率―15%を超えたら要警戒

まず年間利息総額を営業CFで割り、「利息比率」を算出しま
す。

・10%未満:安定ゾーン(利上げや利益減でも余裕)
・15%前後:警戒ライン(改善策を検討する目安)
・20%超:危険ゾーン(銀行が金利上乗せや担保追加を検討)

この15%という数字は、後述するDSCR(返済余力指標)で
安全域を保つための経験則です。たとえば営業CFが4,000万
円、利息が600万円なら比率は15%。ここを超えると、元金返
済を含めたキャッシュアウトが営業CFの70%近くまで食い込
む可能性が高まり、手元資金が急減しやすくなります。

2.DSCR1.2倍―銀行が見る最低ライン

次にDSCR(Debt Service Coverage Ratio)=営業CF÷
元利支払額を計算しましょう。金融庁マニュアルでは1.2倍以
上が健全とされます。

・1.5倍以上:安全
・1.2~1.5倍:注意
・1.2倍未満:改善要請

利息比率を15%以下に保てば、多くのケースでDSCRは1.6
~2.0倍を維持できます。逆に利息比率が20%に達すると、元
金返済を含めた支払総額が営業CFの6割超となり、ちょっと
した利上げや売上減で1.2倍を割り込むリスクが高まります。

3.自社ラインの設定とシミュレーション
(1)営業CFの現状値と3年平均を算出
(2)利息総額を0.25%刻みで引き上げた場合の比率とDSCR
を試算
(3)15%・20%をまたぐポイントで「返済計画の見直し」
「金利交渉」「高金利繰上返済」のトリガーを設定

たとえば0.5%の金利上昇で利息が900万円へ増えると試算され
るなら、上昇分を相殺する粗利改善(売上1億円×粗利率3%
アップ=300万円)か、短期借入1億円の半分を返済して残高を
圧縮する、という対策を事前に決めておきます。

4.実務で使える3つのアクション
・月次で利息比率を確認し、15%を超えた月にアラートを出す
・設備更新など大口投資の前にDSCR試算表を銀行と共有し、
借入総量と金利を協議
・高金利短期枠を低利長期へ借換えし、比率を下げつつ手元資
金3か月分は死守

■ まとめ
・利息比率15%を黄色信号、20%を赤信号として社内ルール
化する
・DSCR1.2倍を割らないよう、利息・元金・営業CFをセ
ットで管理
・試算表に金利シミュレーション列を加え、銀行と改善策を早
めに協議

金利の先行きは読めなくても、許容コストのラインは自社で決
められます。この2指標を月次で追い、借り過ぎと利息の払い
過ぎを防ぎながら、必要なときに十分借りられる体制を維持し
ましょう。

2025年、物価上昇と人件費高騰という“構造的変化”が日本企
業を包み込んでいます。最低賃金は全国平均で1,100円超を視
野に入れ、原材料費・エネルギー費・物流コストも高止まりし
たままです。とりわけ中小企業は、価格転嫁の難しさゆえに、
利益を削り、体力を消耗している現実があります。

しかし、「我慢して価格を据え置く」ことは、もはや顧客満足
ではありません。持続可能なサービスや雇用の維持こそが、企
業の社会的責任であり、そのためには避けて通れないのが“値
上げ”という選択です。

その象徴的な事例が、カレーハウスCoCo壱番屋(ここ壱)の
一連の動きです。

■2度の値上げを断行した「ここ壱番屋」の判断

CoCo壱番屋は、2023年10月に続き、2024年8月にも主要メ
ニューの再値上げを実施しました。具体的には「ポークカレー」
が40円程度引き上げられ、各種トッピング商品も含め、全体的
に平均3~5%の価格改定となりました。
理由は明確です。企業努力では吸収しきれない原材料費の高騰、
最低賃金引き上げに伴う人件費負担、さらにはフードロス対策
や物流人員の確保など、継続的なコスト構造の変化に対応する
ための不可避な措置でした。
ここ壱番屋は、公式発表や各種メディアを通じて「引き続き品
質とサービスを維持するためにご理解をお願いしたい」と誠実
に訴えました。

■一部の批判と客数減、それでも「増収」

2024年8月の値上げ後、一部の報道では「また値上げか」「も
う手頃感がない」といった消費者の声が取り上げられました。
実際、ここ壱番屋の客数は前年比で約5%減少しています。
しかし、ここで重要なのはその“結果”です。値上げによって
客単価が上昇し、最終的に売上は前年を上回る「増収」となっ
たのです。
つまり、値上げによる離脱客をある程度見込んだ上で、それを
上回る価値を提供し、顧客単価を改善することで収益構造を維
持・強化したのです。
これはまさに、「企業の持続可能性を守るための戦略的な値上
げ」であり、単なる価格の引き上げではありません。

■中小企業経営者への示唆「それでも、やらねばならない」

ここ壱番屋は全国チェーンであり、ブランド力や集客力で中小
企業とは立場が違うという意見もあるでしょう。しかし本質は
そこではありません。
この事例が伝えているのは、「批判があっても、客数が一時的
に減っても、やらねばならない時はある」という、経営者の覚
悟の問題です。
価格据え置きで利益が出なければ、従業員の待遇も設備も守れ
ず、顧客へのサービスも劣化します。逆に、価格を見直し、そ
の分の価値を磨き、納得を得る努力を続ければ、収益性は維持
できます。

■価格据え置きは「顧客第一」ではない

多くの経営者が「値上げは裏切り」「顧客に申し訳ない」と考
えがちです。しかし、安価にこだわるあまり、品質が低下し、
スタッフが疲弊し、事業が先細っていくようでは、本末転倒で
す。

今必要なのは、「価格=信頼の対価」という意識です。「うち
は値上げしません」と言うのではなく、「品質と人を守るため
に価格を見直します。その価値は必ず提供します」という姿勢
こそが、経営者の責任です。

■“痛み”を乗り越えるのは、「覚悟」と「説明力」

値上げには一時的な客数減や批判のリスクが伴います。しかし、
それでも向き合わなければならない時があります。それが今で
す。

ここ壱番屋は、繰り返し値上げを実施しながらも、増収を実現
しました。これは、「経営の持続性を守るために、逃げずに選
択を下した」結果です。

中小企業にとっても、それは同じです。値上げは“最後の手段”
ではなく、長期的な競争力と信頼性を守る“戦略”です。今こ
そ、値上げの恐怖から解放され、「伝える力」と「信頼づくり」
で乗り越える経営へ、シフトしていくことを強く提言いたしま
す。

最低賃金の連続引き上げ、求人難に伴う初任給アップ、社会保
険料率の上昇等、ここ数年で人件費は確実に膨らんでいます。
利益率が薄い中小企業ほど「給与を上げたいが資金繰りがもた
ない」という声が強まっています。今回は財務目線で人件費高
騰に備える3つの視点をお伝えします。

1.「粗利×人件費率」を月次で追う
月次試算表の販管費明細から、総従業員人件費を売上総利益で
割り人件費率を算出します。粗利が横ばいで人件費率だけ上が
ると、営業CFが確実に減少します。まずは毎月の推移をグラ
フにし、5%を超えて上昇傾向なら即対策を検討します。

2.固定給、変動給を調整する
単純な定額昇給は将来の固定費を押し上げます。基本給は競合
と比較して最低限を確保しつつ、売上歩合・利益連動賞与など
変動比率を高める設計に切り替えると、好調時には従業員に還
元し、不調時にはキャッシュアウトを抑制できます。金融機関
が融資審査で見るのは「固定費負担の重さ」なので、変動給が
多い給与体系はリスク軽減要素として評価されやすい点も見逃
せません。

3.人件費を「投資」化する
賃上げをコストではなく投資と捉え、必ず回収プランをセット
にします。例として、平均月2万円の賃上げを行うなら、1人
当たり売上を月4万円伸ばすKPIを設定し、ITツール導入
や業務フロー見直しで生産性を底上げします。「人材確保等支
援助成金」や「業務改善助成金」を併用すれば、キャッシュア
ウトを最大で半分程度に抑えることも可能です。

■ まとめ
・粗利と人件費率を月次で可視化し、早期に上昇トレンドを捉
える
・固定+変動の給与設計で、利益と連動した支払構造を作る
・賃上げは投資と位置づけ、生産性向上と助成金で回収プラン
を描く

人件費の高騰は避けられませんが、数字で管理し、変動化と投
資化でコントロールすれば、財務悪化を防ぎながら従業員満足
度も高めることができます。今月の試算表から人件費率をチェ
ックし、3つの視点で自社の打ち手を検討してみてはいかがで
しょうか。

中小企業が持続的に成長し、財務基盤を強化するためには、
「売上至上主義」ではなく「利益重視経営」への転換が不可欠
です。特に営業利益率(営業利益÷売上高)を向上させること
は、企業体質の抜本的な強化を意味し、企業価値の向上につな
がります。現実的な目標値として営業利益率の5%向上を目指
してみませんか。

以下に、営業利益率を高めるための具体的な取り組みを、「売
上向上策」「コスト構造の見直し」「業務効率化」「ビジネス
モデル再設計」の4つの観点から整理します。

■1.高収益型の売上構成への転換

単に売上を増やすのではなく、「粗利率の高い商品・サービス」
の比率を上げることが利益率向上の近道です。

●収益性分析の徹底
商品・サービス別、顧客別、チャネル別に粗利率を分析し、不
採算分野の見直しを行います。
●高付加価値サービスの提供
例として、飲食店であれば「コース料理の導入」、製造業であ
れば「保守・メンテナンス付きの販売」、IT業であれば「サブ
スク型サポート」など、単価が高く利益率の良いメニューを開
発します。
●客層の見直しと取引先の絞り込み
値引き交渉の多い顧客を見直し、「価格ではなく価値で選ぶ顧
客」にリソースを集中します。

■2.固定費・変動費の戦略的見直し

営業利益率を高めるには、コスト構造の最適化が欠かせません。
単なる削減ではなく「戦略的コストコントロール」が重要です。

●変動費の最適化
原材料費の見直しや、仕入先の再交渉、共同仕入れなどで単価
を抑えます。
●固定費の柔軟化
オフィス賃料の見直し、非稼働スペースの削減、アウトソーシ
ングの活用で、固定費を変動費化する工夫を行います。
●人件費の最適配置
単に削減ではなく、「一人当たりの粗利益額」を見直し、高生
産性人材への再配置や多能工化、パート・業務委託の活用を検
討します。

■3.デジタル化と業務効率化による生産性向上

営業利益率は、「同じ売上でも少ない工数で回す」ことで劇的
に改善できます。以下は即効性のある施策です。

●業務の標準化・マニュアル化
業務属人化を防ぎ、品質とスピードを平準化します。
●クラウドサービス活用
会計、給与、請求、勤怠など、定型業務はクラウドツールに移
行し、人件費とミスの削減を図ります。
●営業活動の効率化
顧客管理(CRM)や見積・受注管理のツール導入により、案
件獲得~クロージングの工数を削減し、営業1人あたりの受注
額を高めます。

■4.ビジネスモデルの再設計と利益構造の革新

既存の事業の延長ではなく、「利益の出る仕組み」そのものを
見直すことも、利益率向上の本質的な打ち手です。

●BtoBからBtoC展開へ
中間マージンを省いた直販モデルに転換し、利益率を上げる
(例:工場直販、ECの活用)。
●サブスクリプションモデルへの移行
単発売上から、毎月安定した収益を生む継続課金型へシフトす
ることで、利益構造を安定化。
●規模の追求から利益の追求へ
あえて「規模を追わずに、利益を重視する選択」を取ることで、
資源を効率的に配分します。

■「利益=企業の筋力」である

営業利益率の改善は、単なる財務数値の問題ではなく、企業の
競争力・成長性・継続性のバロメーターです。多くの中小企業
では、「売上さえ上がればなんとかなる」という考えが根強い
ですが、実際は「売上が上がっても利益が残らない」構造に陥
りやすいのが実情です。だからこそ、営業利益率5%の向上を
経営の最重要課題として掲げ、売上構成、コスト構造、業務オ
ペレーション、ビジネスモデルのすべてを見直すべきです。

その第一歩は、現状の数字を正しく把握し、利益の出ていない
部門・商品・取引を見つめ直す「経営の見える化」です。「利
益を残す経営」こそが、賃上げ、設備投資、資金繰り、事業承
継といった中小企業の経営課題すべての土台になるはずです。

「PLとBSはチェックしているのに、CF計算書はあまり意
識していない」という社長は意外に多いです。しかし、資金シ
ョートは利益ではなくキャッシュの不足で起こります。黒字決
算でも倒産する会社があるのはそのためです。今回は、3ステ
ップでキャッシュ・フロー計算書(CF計算書)を経営判断に
生かす方法を、事例を交えながら解説します。

■ ステップ1“3行”でざっくり読む

まず、CF計算書を開いたら営業CF・投資CF・財務CFの
3行だけを確認します。

1.営業キャッシュフロー(営業CF)
本業で現金がどれだけ増減したかを示します。健全な会社はこ
こが常にプラスです。

2.投資キャッシュフロー(投資CF)
設備投資・株式投資・M&Aなど将来のために資金を使った額
です。通常はマイナスでも問題ありませんが、金額が大きいと
きは調達源を確認する必要があります。

3.財務キャッシュフロー(財務CF)
借入・増資で入ってきた資金や、返済・配当で出ていった資金
を表します。理想は「営業CFで足りない分を補う範囲」にと
どめることです。

この3行を合計したものが「現預金の増減額」になります。数
字がどう組み合わさって現金残高を動かしているのかを、まず
は俯瞰しましょう。

■ ステップ2 営業CF黒字化のボトルネックを探す
営業CFが赤字であっても、損益計算書上は黒字というケース
は珍しくありません。ここで注目すべき増減項目は2つ、売上
債権(売掛金)と棚卸資産(在庫)です。

・売掛金が増える=回収が遅れている
・在庫が増える=仕入に現金が寝ている

この2項目がマイナスなら、帳簿利益がキャッシュに変わって
いない証拠です。改善策としては、

1.与信限度を明確にし、回収サイト短縮を取引先と交渉
2.在庫日数を部門別等に可視化し、安全在庫の上限を再設定
3.週次で「回収遅延リスト」を共有し、販売・経理・現場が
連携

これだけでも営業CFはプラス方向へ動きやすくなります。

■ ステップ3 投資と財務のバランスを点検する
次に見るのは投資CFと財務CFの大小関係です。例えば新工
場建設で投資CFが▲1億円なら、財務CFで同レベルのプラ
スを調達できているかがポイントです。調達不足だと営業CF
で補填する必要があり、資金繰りは急激に逼迫します。逆に投
資が少ない時期なのに財務CFが大幅プラス(過度の借入)な
ら、返済スケジュールの見直し余地があります。

資金繰りの安全余裕(手元資金)を「固定費3か月分」と決め、
その範囲で投資・借入・返済を組み替えると、景気変動や急な
設備更新でも慌てずに済みます。

■ 事例:小売業B社の改善プロセス
B社は売上 10 億円・経常利益 1,000 万円の黒字企業でしたが、
営業CFは▲1,200万円。売掛金60日サイトと季節在庫の積み
増しが原因です。

・回収サイトを 60 → 45 日に短縮、在庫日数を 90 → 65 日に
削減
・半年で営業CF+2,000 万円へ転換
・投資CF(新店舗開設 1,500 万円)を財務CF(長期借入)
で全額賄い、手元資金は3か月分を維持

結果、運転資金の借入負担が減りました。

■ まとめ

1.営業・投資・財務の3行をまず把握し、現金の増減をつか

2.営業CF改善の鍵は売掛金回収と在庫の管理
3.投資額と借入額のバランスを取り、手元資金を固定費3か
月分確保

CF計算書は専門家だけの資料ではありません。3行と2項目
を月次で追うだけで資金ショートを未然に防ぎ、銀行との対話
材料も格段に増えます。今月の試算表から簡易CFを作り、ぜ
ひ3ステップで現金の流れを点検してみてください。

…前回号の続きです。

近年、従業員のモチベーション低下や「静かな退職」といった
現象が注目されています。背景には、業務の曖昧さや不明瞭な
評価基準があり、社員が「頑張っても報われない」「何を期待
されているかわからない」と感じる構造が根本にあります。

中小企業にとって、社員一人あたりのパフォーマンスが経営に
直結する以上、職務を明確に定義し、範囲と責任を言語化して
共有することは、単なる人事管理の話ではなく、経営戦略その
ものです。

■ なぜ「職務の明確化」が必要なのか?

1人が複数業務を担うことの多い中小企業では、業務が属人的・
暗黙的になりがちです。結果として以下のような問題が生まれ
ます。
・やっている人とやっていない人の差が曖昧で、不公平感が生
まれる
・引き継ぎができず、人が辞めるたびに混乱する
・助け合いのつもりが、特定の人に業務が偏り「静かな退職」
状態に陥る

こうした状況を打破するには、「誰が、何を、どこまで、いつ
までに、どのレベルでやるか」を明文化する「職務記述書(ジ
ョブディスクリプション)」の作成が有効です。

■ 職務記述書に含めるべき要素(基本構成例)

以下が、1職種・1ポジションあたりに設定すべき基本項目で
す。

・職務名…営業担当(新規開拓)/経理スタッフ/店舗マネー
ジャーなど
・主な業務内容…顧客訪問・見積作成・売上管理・受注進捗の
確認など
・担当範囲・対象…○○地域内の中小企業/○○製品の販売業
務など
・成果指標(KPI)…月間訪問件数20件、受注率15%、請
求ミスゼロなど
・権限と責任…値引き権限10%まで、最終承認は上長など
・上司・関係部署…営業部部長/受発注管理課と連携など
・評価基準…達成度/チーム貢献度/報告・連絡・相談の適正
など

■ 実例:職務記述書の簡易フォーマット(営業職例)

・職種名…法人営業担当
・業務内容
自社製品の新規顧客開拓(訪問・ヒアリング・提案)
契約交渉・クロージング、初回納品後のフォローアップ
週次での営業日報作成と上長への報告
・担当エリア/対象…関東エリアの中堅製造業(50社程度)
・KPI(数値目標)
月間アプローチ件数:50件
面談実施件数:15件
契約件数:3件
・評価指標(定性+定量)
契約件数と売上高の目標達成度
チーム活動(同行営業、提案資料共有など)への貢献度
顧客からのフィードバック・満足度
・権限・責任
単価10%以内は調整可能。範囲外は上長決裁
・報告ライン…営業部課長に週1回の報告、月1回の面談

■ 実務で導入する際の進め方

中小企業では、「紙に書くより、まず動け」という現場気質も
根強くあります。しかし、以下のステップで無理なく進められ
ます。
1.まずはモデル職種から始める(例:営業/総務/店舗責任
者)
2.社員本人に「自分の仕事を棚卸し」してもらう(1週間分
の業務記録を取らせる)
3.経営者や管理職が「どこまでを期待しているか」をすり合
わせる
4.簡易的でもよいのでフォーマットに落とし込み、共有する
5.半年に1回は見直す(仕事は変わっていくため)

■ 職務の明文化がもたらす5つの効果

1.社員が「やるべきこと・やらなくてよいこと」が明確にな
り、過剰な負荷を防げる
2.評価の透明性が増し、納得感のあるマネジメントが可能に
3.属人業務が減り、誰が抜けても引き継げる体制ができる
4.無理なく、静かな退職のリスクを減らせる
5.人材育成がしやすくなり、外部人材や若手の受け入れもス
ムーズに

■ 中小企業だからこそ、“見える化”が武器になる

職務の明確化というと、「うちの会社には難しい」「そこまで
整備する余裕はない」と考える方も多いかもしれません。しか
し、規模が小さいからこそ、1人の役割が明確になることで全
体の動きがスムーズになるのです。やるべきことと、やらなく
てよいことを明確にする。これは、社員を楽にするだけでなく、
経営者が安心して任せるための“仕組み化”でもあります。
まずは一職種、一枚の紙から。御社の人材力が、より生産的で
持続可能な力に変わる第一歩になります。