事業拡大の局面では、経営者と金融機関の間に大きな認識の隔
たりが生じます。特に中小企業や飲食店の多店舗展開では、そ
の傾向が顕著です。たとえば、ある飲食店経営者が銀行融資で
2号店を開業し、半年後に好条件の物件を見つけて3号店の融
資を相談したところ、「出店ペースが早すぎる」として断られ
るケースが実際にあります。
経営者にとっては、魅力的な物件との出会いは一期一会であり、
スピード感を持って意思決定することが競争優位の源泉です。
しかし、金融機関は「まずは2号店の安定化を優先すべき」と
慎重な姿勢を崩しません。これは、金融機関が過去の失敗事例
から、着実な成長を重視する傾向を強めているためです。回収
リスクを避けたい金融機関と、成長機会を逃したくない経営者、
両者の間には、事業を進める速度に対する考え方の根本的な違
いがあります。
■ 急成長のリスクと金融機関の論理
急速な事業拡大は、資金繰りの悪化や経営管理の複雑化といっ
たリスクを伴います。金融機関は、安定した実績やキャッシュ
フローを重視し、無理な拡大には融資を渋る傾向があります。
これは、貸し倒れリスクを最小化するための合理的な判断です。
一方で、経営者の多くは「2年に1店舗のペースでは、10店舗
展開するのに20年もかかってしまう」と、成長スピードの遅さ
に焦りを感じるものです。しかし実際には、最初の数年で着実
に実績を積み上げることで金融機関からの信頼が高まり、その
後は融資が受けやすくなります。その結果、出店のペースを後
半で大きく加速できるケースが多く見受けられます。例えば、
設立から10年で10店舗を展開したある経営者の場合、最初の
5年間で3店舗を出店し、次の5年間で一気に7店舗を増やし
ています。このように、序盤でしっかりと信用を築くことで、
後半の成長スピードを上げることが可能になるのです。
では、スピード感を持って成長したい経営者はどうすればよい
のでしょうか。ひとつは、銀行以外の資金調達手段、たとえば
ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家など、リスクマネー
を供給する機関を活用することです。ただし、株式上場を目指
すようなビジネスモデルでなければ、こうした選択肢は限られ
ます。
よって、多くの中小企業にとって現実的なのは、金融機関の論
理に合わせた事業計画を立てることです。事業拡大の際は、ま
ずは既存店舗の安定化と実績作りに注力し、金融機関の信頼を
積み上げていくことが重要です。加えて、セーフティネット保
証や自治体の制度融資など、別枠の資金調達のタイミングを活
用し、成長のチャンスを逃さない工夫が求められます。
事業拡大には、経営者の情熱とスピード感が不可欠ですが、金
融機関の論理を無視した計画は実現可能性が低くなります。持
続的な成長を目指すなら、金融機関の視点を理解し、堅実な実
績づくりと計画的な資金調達を組み合わせることが、最終的に
は最短距離での成長につながります。
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