赤字続きだった会社がようやく黒字に転じる。経営者にとって
これ以上うれしい瞬間はありません。ところが、その途端に
「社長用の車を買おう」「新しい事業に投資しよう」と行動に
移すケースをよく目にします。長く我慢を強いられてきただけ
に、その反動としての解放感は理解できますし、「ここまで回
復したのだから大丈夫だろう」という気持ちになるのも自然な
ことです。

しかし、ここに落とし穴があります。黒字化した瞬間はあくま
でスタート地点に戻ったに過ぎません。まだ繰越損失が残って
いる、自己資本比率が10%程度と低い、流動比率が100%に満
たない。そんな状態では、一度の赤字や資金繰りの乱れで再び
危機に陥る可能性があります。黒字決算を出したからといって、
財務体質が健全化したわけではないのです。

では、なぜ経営者は“まだ早い”投資や消費に踏み切ってしまう
のでしょうか。第一に心理的な「ご褒美効果」があるのではな
いでしょうか。苦境を乗り越えた安堵から、自分や会社に何か
報いてあげたいと考えてしまうように思います。第二に「過信」
です。業績回復を恒常的なものと錯覚し、銀行も前向きに見て
くれているから資金調達も安心だろう、と判断してしまいます。
第三に「周囲の目」もあります。社長が車を買う、オフィスを
きれいにするなど“景気のいい姿”を見せることで、取引先や社
員に安心感を与えたいという気持ちです。

しかし、銀行や投資家が見ているのは心理ではなく数字です。
何より重視されるのは、利益の積み上げによって繰越損失が解
消され、自己資本比率が一定水準に回復し、流動比率が安定し
ているかどうか。これらの基盤が固まるまでは「もう少し我慢」
が必要です。

むしろ経営者にとっての本当のご褒美は、「財務が健全化した
ことで将来の投資が自由にできる状態」を手に入れることです。
派手な動きよりも、地味に黒字を積み重ね、債務超過を脱し、
銀行の信頼を確実に取り戻す。そうして初めて、新規事業や大
型投資の“順番”が巡ってきます。

黒字に転じた瞬間は、投資や消費に走りたくなる気持ちが高ま
ります。しかし、その心理に流されることこそが、再び財務を
悪化させる最大のリスクです。経営者に必要なのは「もう一歩
の我慢」。その積み重ねが、未来の大胆な挑戦を可能にする財
務基盤をつくります。

エネルギー価格や原材料費の高騰が続くなか、価格転嫁に苦戦
する中小企業も多いですが、戦略的に値上げを実行し、成果を
上げている企業も少なくありません。ここでは、販売価格への
コスト転嫁に成功した中小企業・地方企業の代表的な事例を5
つご紹介します。

■1.福井県の繊維加工業者
電気料金データを根拠に工賃60%以上アップ

福井県内の繊維加工業者では、2023年4月と8月の2度にわた
り、主要顧客に対して工賃の値上げ交渉を実施しました。この
企業は、地元電力会社の協力を得て、織機ごとの電力使用量を
測定。2019年と比較した電力単価の上昇分を根拠資料として
提示しました。交渉の結果、工賃を60%以上引き上げることに
成功。さらに、得られた増収分を従業員の賃金に反映させるこ
とで、従業員のモチベーション向上にもつながりました。

■2.埼玉県の製造業者
原価計算ツールを活用し一部値上げに成功

埼玉県内の中小製造業では、上位取引先が売上の90%以上を占
める中、過去の取引実績や作業内容をもとに、支援ツールを活
用して原価を精密に算出しました。交渉資料をもとに、一部の
取引先からは作業単価の引き上げを認められました。一方で、
交渉に応じない企業とは将来的な取引見直しも検討。戦略的な
姿勢がうかがえます。

■3.長野県の事例
価格転嫁シミュレーションツールで交渉準備

長野県では、企業が価格転嫁交渉を円滑に進めるための支援と
して、「価格転嫁検討ツール」の利用を推奨。このツールを活
用することで、材料費・人件費・光熱費などの増加分を反映し
た模擬価格が算出でき、価格改定の必要性を可視化できます。
実際に活用した企業からは、「交渉の説得力が格段に高まった」
との声も上がっています。

■4.小売業B社
店舗改善+価格戦略で売上アップ

生活雑貨を販売する小売店B社では、仕入れ価格の上昇を受け、
次のような包括的な施策を講じました。
・全商品の価格を平均10%値上げ
・店舗内装の刷新で顧客満足度を向上
・値上げの理由と背景を丁寧に顧客に説明(SNS・ニュースレター)
・常連顧客向けの特典プログラムを新設

結果、客数はわずか3%減少したものの、客単価が15%上昇し、
売上全体は前年同月比で12%増加。顧客からも「商品価値が高
まった」と好評でした。

■5.中小企業白書より
原価把握が価格転嫁成功の鍵に

「2024年版中小企業白書」では、原価をしっかりと把握してい
る企業ほど、価格転嫁に成功しているという傾向が報告されて
います。特に、サービス単位ごとに材料費・人件費・間接費な
どを細かく計算することで、取引先との交渉材料が明確になり、
納得感のある価格改定が実現しやすくなるとされています。

●価格転嫁成功のポイント

・福井県繊維業者:
電力消費データを明示 → 工賃60%以上値上げ、賃金も改善
・埼玉県製造業:
原価計算ツール活用 → 一部取引先に作業単価値上げ成功
・長野県支援ツール活用:
価格転嫁シミュレーション → 説得力ある交渉材料を準備
・小売業B社:
価格+顧客対応+店舗改善 → 客単価アップ、売上12%増
・中小企業白書事例:
原価の可視化 → 全体的に高い価格転嫁率を実現

以上のように、価格転嫁を成功させるためには、単なる「値上
げ」ではなく、納得感ある説明やコストの根拠提示、付加価値
の創出がカギとなります。各自治体の支援策やシミュレーショ
ンツールも活用することで、より現実的で効果的な交渉が可能
になります。

「DX」と聞くと「IT投資=コスト増」と感じる経営者も少
なくありません。しかし、勤怠管理や経費精算、受発注管理な
どのクラウド化は、単なる人件費削減や業務スピード向上にと
どまらず、営業キャッシュフローの改善という形で財務にも大
きな効果をもたらします。今回は、その“見えない効果”を具体
事例を交えて整理します。

1.売掛金回収の早期化

製造業A社は紙の請求書を郵送しており、発行から入金までの
日数が平均50日かかっていました。クラウド請求システムを導
入し電子請求へ切り替えた結果、平均回収日数が50日→40日に
短縮しました。年間売上高20億円の同社では、約5,500万円分
の資金が早期に回収でき、運転資金の借入依存度が下がりまし
た。これはそのまま営業キャッシュフローの改善につながりま
す。

2.在庫水準の最適化

卸売業B社では、営業担当が勘に頼って発注していたため在庫
が膨らみ、棚卸資産は常時3億円超でした。クラウド型受発注
管理システムを導入し、販売実績に基づく自動発注に切り替え
たところ、在庫を2億円台前半に圧縮できました。資金繰り表
では1億円近いキャッシュが「現金化」され、借入圧縮と金利
コスト削減に直結しました。

3.支払業務の平準化と資金管理の精度向上

サービス業C社では、経費精算が紙ベースで行われていたため、
月末に経費精算や買掛金支払が集中し、毎月数日間だけ大きな
資金不足が生じていました。その結果、当座借越を一時的に利
用し、年間で100万円超の利息負担が発生していました。

同社はクラウド経費精算と銀行口座の自動連携を導入し、リア
ルタイムで「いつ・いくら資金が出ていくか」を可視化しまし
た。その結果、「今月末は資金が足りなくなる」と事前に把握
できるようになり、仕入先に支払日を数日調整してもらう交渉
や、必要な短期借入を前もって手当てするなどのアクションが
可能になりました。これにより月末の資金不足ピークが下がり、
当座借越の利用残高は平均で3,000万円減少。年間利息負担は
約60万円削減され、営業キャッシュフローの改善につながりま
した。

■ まとめ

DXは「効率化」や「人件費削減」として語られることが多い
ですが、実際には下記3つの効果を通じて営業キャッシュフロ
ーを改善する財務戦略そのものです。

・売掛金の回収を早める(A社事例)
・在庫を圧縮して資金を解放する(B社事例)
・支払を平準化して資金繰りを安定させる(C社事例)

IT投資の費用対効果を考える際には、「何年で人件費を回収
できるか」だけでなく、「資金繰りがどれだけ改善するか」と
いう視点を持つことが、銀行対応や資金調達力の強化にも直結
します。

日本経済は今後も一定の物価上昇局面にあります。仮に年率3%
の実質物価上昇が10年間続いたとすると、物価水準は約1.34倍
すなわち34%上昇する計算になります。このような環境下で、
自社の販売価格を一切引き上げずに据え置いた場合、企業経営
はどのような姿になるのでしょうか。以下、そのメカニズムと
帰結を整理します。

■1. 利益率の持続的低下

最も直撃するのは利益率の低下です。原材料費、仕入価格、光
熱費、物流費、人件費など、ほぼすべてのコスト要素が毎年3%
ずつ上がっていきます。10年後にはトータルで約34%のコスト
増。仮に粗利率30%でスタートしても、販売価格を据え置けば
粗利率は20%前後まで落ち込みます。営業利益率はさらに圧縮
され、経常的に赤字スレスレの水準に陥る可能性が高いのです。

■2. 人件費負担の深刻化

最低賃金の上昇率も物価上昇に連動して加速します。実際、直
近数年の日本でも最低賃金は毎年3%超のペースで上がっており、
この傾向は今後も続くと考えられます。従業員の確保には昇給
が不可欠ですが、売上価格を据え置いたままでは給与の原資を
確保できません。結果として人件費比率が高騰し、「給料を払
えない会社」と見なされ、優秀な人材は他社へと流出していき
ます。労働力不足が慢性化し、残った社員に過重な負担がのし
かかる悪循環が起こります。

■3. 資金繰りリスクと投資停滞

売上高が横ばいでも、仕入や人件費は年々増加します。そのた
め運転資金需要は増し、借入金に頼らざるを得ません。しかし
利益が薄いため返済能力(EBITDA)は低下し、銀行評価は厳
しくなります。結果として借入条件は悪化し、資金繰りリスク
が慢性化します。さらに、キャッシュフローに余力がないため、
設備投資や新規事業投資、人材育成への投資を後回しにせざる
を得ず、企業の成長余力が削がれていきます。

■4. ブランド力・競争力の低下

競合他社が適正な値上げを実施して利益を確保する一方で、自
社だけが価格を据え置いていると、「価格が安い」ことは一見
魅力のように見えます。しかしそれは短期的な顧客獲得にはつ
ながっても、中長期的には「品質やサービスを維持できない安
売り企業」というイメージにつながります。結果として商品力
が劣化し、設備は老朽化、人材は疲弊、顧客からの信頼も揺ら
ぎます。価格競争でしか戦えない体質に陥り、やがて市場から
の退出を迫られるでしょう。

■5. 廃業・M&A時の不利な評価

利益率の低下は企業価値そのものを大きく損ないます。M&Aで
の売却を検討する際にも、赤字や低収益体質では買い手はつき
にくく、ついても極端に安い価格しか提示されません。後継者
に承継する場合も「利益が出ない会社」を引き継ぎたいと考え
る人は少なく、結局は廃業リスクが高まります。現実に、中小
企業庁の調査でも「値上げを回避してきた中小企業ほど廃業率
が高い」というデータが報告されています。

■6. 経営破綻へのシナリオ

以上を整理すると、10年間値上げをしない企業の典型的なシナ
リオは次の通りです。

●粗利率低下:コスト増を価格に転嫁できず利益が縮小。
●人件費比率上昇:昇給原資を確保できず、人材流出が加速。
●資金繰り悪化:借入依存が強まり、金融機関からの信用低下。
●競争力低下:品質・サービスが劣化し、顧客離れが進行。
●投資停滞:設備や人材育成に手が回らず、未来の成長余力を
失う。
●事業承継困難・廃業:最終的にはM&Aや承継が難航し、廃業
倒産へ。

これは「急激な破綻」ではなく、「ゆっくりとした衰弱死」の
ようなプロセスです。外から見れば一見安定しているように見
えても、内部では確実に経営体力を削られていきます。

このシナリオから得られる教訓は明確です。物価上昇局面にお
いて、値上げをしないという選択肢は「経営の自殺行為」であ
るということです。大切なのは「一度に大幅に値上げすること」
ではなく、コスト増を見極めながら小刻みに価格転嫁を重ねる
習慣を持つことです。

さらに、値上げの際には単なる「価格引き上げ」ではなく、
◆商品・サービスの価値訴求を強化する
◆ブランド力を高める
◆付加価値を創出し「値上げの必然性」を顧客に伝える
といった取り組みが不可欠です。

年率3%の実質物価上昇が続く10年間にわたり値上げをしなけ
れば、企業は確実に体力を失い、最終的には存続が難しくなり
ます。経営者は「値上げ=悪」という固定観念を捨て、むしろ
適切な値上げは企業を守る最大のリスクヘッジだと認識する必
要があります。値上げは経営者の勇気にかかっています。その
一歩を先送りにした企業から、静かに市場から退場していくの
です。

中小企業の経営者にとって、決算書は「損益計算書と貸借対照
表を見れば十分」と思われがちです。しかし銀行の審査担当者
は、それだけでなく「注記(脚注部分)」にも必ず目を通して
います。形式的に付け足したように見える注記ですが、そこに
は会社のリスクや経営姿勢が明確に表れます。融資を有利に進
めるには、この部分を軽視しないことが重要です。

1.偶発債務の注記
保証債務や訴訟リスクといった、将来支出につながる可能性の
ある事象は、注記で開示するルールになっています。たとえ金
額がゼロであっても「偶発債務はありません」ときちんと記載
しているかどうかは、経営の透明性を示すシグナルです。逆に
書き方が曖昧だと「他に隠しているリスクがあるのでは」と疑
念を持たれることもあります。

2.関連当事者取引の注記
同族企業では、社長個人や親族会社との取引が少なからず存在
します。銀行は「会社の資金が社外に流出していないか」を注
記で確認します。経営者借入金や貸付金などがある場合でも、
その理由や条件を明確に開示すれば「説明責任を果たしている」
と評価されます。逆に曖昧な記載は、ガバナンス不備と見なさ
れかねません。

3.リースや長期契約の注記
設備リースや長期の賃貸契約は、貸借対照表に全額が載らない
ケースもあります。そのため、銀行は注記から「将来必ず発生
する固定的支出」を把握します。経営者自身にとっても、注記
を整備することは固定費の棚卸しになり、資金繰り予測や経営
判断に役立ちます。

4.注記から伝わる“経営姿勢”
銀行は数字の大小だけでなく、注記が整理されているか、誠実
に説明されているかを見ています。形式的にコピペしたような
注記では「開示姿勢が弱い」と判断されやすく、逆に正確で丁
寧な注記は「経営管理がしっかりしている」というプラス評価
につながります。

■ まとめ
・決算書の注記は「おまけ」ではなく、銀行が信頼性を測る重
要な情報源です。
・偶発債務はゼロでも「なし」と明記する
・関連当事者取引は理由や条件を丁寧に説明する
・リースや長期契約の支払予定を整理して開示する

これらを徹底するだけで、銀行との対話がスムーズになり、資
金調達力の向上にもつながります。次の決算書では、ぜひ「注
記の質」にも目を向けてみてください。

近年急速に進化している「生成AI(Generative AI)」は、
もはや一部の大企業や先進的なIT企業だけのものではなくな
っています。ChatGPTに代表される生成AIは、中小企業の現
場にこそ必要とされる実用的な力を持っており、業務効率化、
人手不足の緩和、顧客対応の質向上など、多くの場面で変革を
もたらしています。

2025年の今、日本経済は労働人口の減少や物価高、競争の激化
といった課題に直面しています。その中で、中小企業が持続的
に成長していくためには、限られた資源をいかに有効に使うか
が問われています。そしてこのとき、生成AIはまさに「経営
者の右腕」となりうる存在なのです。

■ 書類作成・事務作業の自動化で「時間」を生み出す

日々の業務で時間を取られがちな見積書や報告書の作成、議事
録のまとめ、メール文の下書きなどは、生成AIが得意とする
分野です。
実際、ある建設業の企業では補助金申請書類の作成をAIに補
助させたことで、40時間以上かかっていた業務が6時間に短縮
されました。これにより担当者は、書類作成ではなく「現場確
認」や「顧客対応」に時間を割けるようになったといいます。
また、製造業の現場では、Excelの関数作成やマクロの自動生成
をChatGPTで行い、経理部門の定型作業を効率化。複雑な処理
をAIが提案・補完してくれるため、担当者のストレスも大き
く軽減されました。

■ 情報発信のハードルを下げ、マーケティング強化へ

「SNSの更新が続かない」「ブログを毎月書くのが大変」そん
な声は中小企業経営者からよく聞かれます。実は、このような
“アイデアはあるが形にできない”課題こそ、AIの出番です。
北海道のある雑貨店では、ChatGPTを使ってInstagram投稿文
の草案を自動生成し、それをスタッフが調整して投稿する運用
に切り替えました。その結果、投稿数が月2件から週2件に増
加し、オンライン注文数が前年比120%を記録。情報発信がで
きるだけで、顧客との接点が増え、売上にも直結します。
このように、AIは「発信を加速するパートナー」として、小
さな企業の声を大きく届ける力を持っています。

■ 顧客対応もAIでスマートに

生成AIは、顧客対応の質とスピードも劇的に変えます。たと
えば、ある学習塾では、保護者との面談内容を録音し、それを
AIで文字起こし・要約。個別のフィードバックレポートを自
動作成することで、保護者からの信頼が向上し、口コミによる
新規入塾も増えたそうです。
一方、地方のスーパーでは、AIチャットボットを導入し、営
業時間外の問い合わせにも自動対応。お客様の不満が減り、対
応スタッフの業務負荷も軽減されたとの報告があります。

■ 「いきなり全社導入」は不要。成功の鍵は“スモールスタート”

AI活用の成否は、「小さく始めて、徐々に広げること」にあ
ります。
ある中堅製造業では、まず営業部門で「日報の要約」や「提案
書のひな型作成」にAIを導入。その効果を確認したのち、管
理部門や開発部門にも展開し、半年で社員の8割以上が日常的
にAIを使うようになりました。
重要なのは、現場が「これは便利」と感じる体験をすること。
無理に全社導入を目指すのではなく、業務に合ったところから
一歩踏み出すことが、成功への近道です。

■ 中小企業にこそチャンスがある時代

生成AIは「万能な魔法」ではありませんが、「日々のちょっ
とした手間」を着実に減らしてくれる道具です。そして、大企
業に比べてフットワークが軽い中小企業こそ、AIの力を柔軟
に取り入れることで、大きな飛躍を遂げる可能性を秘めていま
す。この変化の波を、傍観するのか、それとも先んじて活かす
のか。経営者の選択が、企業の未来を左右します。

新工場建設等、複数行から大型の資金調達を行う際に、銀行側
から「シンジケートローン(SL)でまとめましょう」と提案
されることがあります。確かに契約一本化や期中管理の簡素化
は魅力です。しかし中小企業にとっては、アレンジャーフィー
と厳格なコベナンツ(財務制限条項)が大きなハードルになり
ます。個人的には、総合的に見て、同じ複数行スキームでも
「協調融資(コンソーシアム融資)」を推奨します。以下では、
その理由と協調融資を円滑に進めるコツを整理します。

1.アレンジャーフィーは「見えない利息」
シンジケートローンを組成すると、調達額の1~3%程度のア
レンジャーフィーと、年次エージェントフィーが発生します。
仮に10億円を調達すれば数千万円の一時コスト、加えて毎年
数百万円の維持費が必要です。協調融資であれば払わなくても
済むコストをわざわざ負担するかどうかが最初の分岐点です。

2.コベナンツは経営の「足かせ」になりやすい
SLでは参加行平等を担保するため、パリパス条項や財務コベ
ナンツが細かく定められます。典型的には「自己資本比率○%
以上」「債務償還年数○年以内」「主要役員の変更は事前承認」
など。違反すると全行が一斉に期限の利益を喪失させる権利を
持ち、資金繰りが良好でも契約変更を迫られるリスクがありま
す。事業環境が読みにくい中小企業にとって、経営の自由度を
引き下げる制約は避けたいところです。

3.協調融資の「煩雑さ」は工夫で緩和できる
協調融資は行ごとに契約を結ぶため、担保設定や返済スケジュ
ールが複線化しやすいのは事実です。しかし、以下の3点を押
さえれば管理負荷は大幅に下げられます。

1)リードバンク方式
メイン行を窓口とし、他行条件も基本的に追随形式で揃える。

2)共通条項表の作成
返済条件・担保順位・財務指標を一覧化し、全行と共有。修正
はこの表だけに反映させる。

3)年1回の共同面談
決算後にメイン行主催で参加行を招き、事業報告と次年度計画
を一括説明。バラバラの面談を減らす。

これにより「契約は行数分ですが、運営は実質一本化」という
体制が実現します。手数料ゼロの協調融資と、費用の伴うSL
の差額が毎年のキャッシュを守ることを考えると、手間をかけ
る価値は十分あります。

4.判断フロー(簡易チェックリスト)

・調達額が5億円を下回るか?
→ はい:協調融資で十分対応可能。

・参加行は3行以内に収まるか?
→ はい:協調融資の管理負荷は限定的。

・社内外に財務人員が確保できるか?
→ はい:SLの管理簡素化メリットは限定的。

・事業計画に「柔軟な増額」より「手数料節約」を優先したいか?
→ はい:協調融資向き。

3つ以上「はい」があれば、協調融資を選んだほうが総コスト
は低く抑えられる可能性が高いと言えます。

■まとめ
・アレンジャーフィーとエージェントフィーは「隠れ金利」で
す。規模が大きくない中小企業には無視できない負担になる可
能性があります。

・シンジケートローンのコベナンツは経営の自由度を縛ります。
環境変化の激しい中小企業ではリスクが高いと考えます。

・協調融資でもリードバンク方式と共通条項表で管理は簡素化
可能です。

費用を抑えつつ、制約を減らし、必要な資金を確保する。この
3点を優先するなら、中小企業には協調融資が現実的な選択肢
となります。まずはメイン行に協調スキームの枠組みを提示し、
手数料を掛けずに複数行をまとめる段取りを検討してみてくだ
さい。

■1.避けられない外部環境の圧力

2025年度、日本の最低賃金は全国平均で1,100円超えが確実視
されています。ここ数年の物価上昇、人材確保競争、そして政
府の「賃上げ促進」政策の流れを踏まえると、この潮流は後戻
りすることはありません。中小企業経営者にとって最低賃金の
上昇は単なる「人件費増」ではなく、経営の在り方そのものを
問い直される契機となります。

■2.直撃するコスト増の現実

仮に最低賃金が1,050円から1,100円に上がった場合、時給50
円の上昇となります。従業員30名が平均月160時間働くと、年
間で約288万円の追加コストとなり、営業利益率が数%しかな
い企業では即赤字に転落しかねません。

特に影響が大きいのは次の業種です。
飲食・小売:人件費比率が30%を超え、直接的な利益圧迫
介護・福祉:公定価格に縛られ、転嫁が難しい
製造下請け:取引価格が固定化され、値上げ交渉が難航
これらは企業の努力では吸収しきれない規模の「構造的負担」
です。

■3.経営環境の激変

最低賃金上昇はコスト以外にも多層的な影響を及ぼします。
・価格競争の淘汰:大手はブランド力で値上げを浸透させやす
いのに対し、中小は価格据え置きを強いられ、利益圧迫に直結。
・人材獲得の難化:働きやすさや福利厚生で見劣りする中小に
は人材流出のリスクが拡大。
・取引条件の圧迫:親企業や発注元がコスト転嫁を拒むケース
が増えれば、下請けは板挟みに。
つまり、賃上げは「労務コストの増加」にとどまらず、競争環
境・人材市場・取引構造の三方面から経営を揺さぶるのです。

■4.生き残るための5つの戦略

【1】値上げを「顧客への提案」に変える
単なる価格転嫁では顧客の理解を得られません。商品力・サー
ビス力を磨き、「なぜ値上げするのか」を物語として伝える必
要があります。
例:飲食店で「地元産食材を使い品質を高めるための値上げ」
と打ち出すことで、むしろ支持が拡大した事例もあります。

【2】生産性の劇的向上
・業務フローを徹底的に標準化
・ITツールやAIによる自動化
・人材配置の最適化
例えば、受発注や勤怠管理をクラウド化するだけでも事務工数
を30%削減できるケースがあります。人件費上昇は「業務効率
化の遅れを放置できない圧力」と捉えるべきです。

【3】柔軟な雇用設計
正社員一本足からの脱却が必須です。副業人材、シニア、女性
の短時間勤務、業務委託などを組み合わせ、多様な人材ポート
フォリオを築くことが、中小企業の競争力を高めます。

【4】取引交渉力の強化
「価格交渉促進法」の後押しもあり、下請け企業がコスト上昇
を一方的に押し付けられる時代ではなくなりつつあります。取
引先に依存するのではなく、複数顧客の確保や直販モデルを導
入し、交渉余地を広げることが必要です。

【5】事業構造転換
最低賃金上昇は「低付加価値ビジネスからの撤退」を迫るサイ
ンです。
・小売 → EC展開や高単価ニッチ市場へ
・製造 → 下請け脱却、自社ブランド化
・サービス → DX活用による省人化
つまり、労働集約から知識集約・付加価値志向へ移行できるか
どうかが分岐点となります。

■5.経営者の覚悟

2025年の最低賃金引き上げは「危機」であると同時に、「変革
のチャンス」です。
・値上げの決断
・生産性革命への投資
・雇用の柔軟化
・取引条件の見直し
・新規事業へのシフト
これらを同時並行で進めることが求められます。もはや「従来
の延長線上」では生き残れません。最低賃金上昇の波を単なる
脅威ではなく、経営体質を強化し、次世代へ進化するための圧
力と受け止めること。これが2025年を迎える中小企業経営者に
必要な視点です。

最低賃金の引き上げは避けられません。しかし、それを克服す
る過程でこそ企業は強くなります。中小企業にとって最も危険
なのは「変化を先送りすること」であり、最も大きな成長機会
は「いま決断すること」にあります。賃上げ時代を勝ち抜くの
は、コストに怯える企業ではなく、進化に挑む企業ではないで
しょうか。

借入余力のない中小企業は「借りられるときに借りる」が鉄則
です。しかし長期金利が1%台半ばへ上昇する最近は、潤沢な
手許資金が高い利息で目減りするリスクも無視できません。今
回は、銀行格付けでも採用される2つの指標を使い、自社の
「金利許容量」を数値で設定する方法を解説します。

1.利息/営業CF比率―15%を超えたら要警戒

まず年間利息総額を営業CFで割り、「利息比率」を算出しま
す。

・10%未満:安定ゾーン(利上げや利益減でも余裕)
・15%前後:警戒ライン(改善策を検討する目安)
・20%超:危険ゾーン(銀行が金利上乗せや担保追加を検討)

この15%という数字は、後述するDSCR(返済余力指標)で
安全域を保つための経験則です。たとえば営業CFが4,000万
円、利息が600万円なら比率は15%。ここを超えると、元金返
済を含めたキャッシュアウトが営業CFの70%近くまで食い込
む可能性が高まり、手元資金が急減しやすくなります。

2.DSCR1.2倍―銀行が見る最低ライン

次にDSCR(Debt Service Coverage Ratio)=営業CF÷
元利支払額を計算しましょう。金融庁マニュアルでは1.2倍以
上が健全とされます。

・1.5倍以上:安全
・1.2~1.5倍:注意
・1.2倍未満:改善要請

利息比率を15%以下に保てば、多くのケースでDSCRは1.6
~2.0倍を維持できます。逆に利息比率が20%に達すると、元
金返済を含めた支払総額が営業CFの6割超となり、ちょっと
した利上げや売上減で1.2倍を割り込むリスクが高まります。

3.自社ラインの設定とシミュレーション
(1)営業CFの現状値と3年平均を算出
(2)利息総額を0.25%刻みで引き上げた場合の比率とDSCR
を試算
(3)15%・20%をまたぐポイントで「返済計画の見直し」
「金利交渉」「高金利繰上返済」のトリガーを設定

たとえば0.5%の金利上昇で利息が900万円へ増えると試算され
るなら、上昇分を相殺する粗利改善(売上1億円×粗利率3%
アップ=300万円)か、短期借入1億円の半分を返済して残高を
圧縮する、という対策を事前に決めておきます。

4.実務で使える3つのアクション
・月次で利息比率を確認し、15%を超えた月にアラートを出す
・設備更新など大口投資の前にDSCR試算表を銀行と共有し、
借入総量と金利を協議
・高金利短期枠を低利長期へ借換えし、比率を下げつつ手元資
金3か月分は死守

■ まとめ
・利息比率15%を黄色信号、20%を赤信号として社内ルール
化する
・DSCR1.2倍を割らないよう、利息・元金・営業CFをセ
ットで管理
・試算表に金利シミュレーション列を加え、銀行と改善策を早
めに協議

金利の先行きは読めなくても、許容コストのラインは自社で決
められます。この2指標を月次で追い、借り過ぎと利息の払い
過ぎを防ぎながら、必要なときに十分借りられる体制を維持し
ましょう。

2025年、物価上昇と人件費高騰という“構造的変化”が日本企
業を包み込んでいます。最低賃金は全国平均で1,100円超を視
野に入れ、原材料費・エネルギー費・物流コストも高止まりし
たままです。とりわけ中小企業は、価格転嫁の難しさゆえに、
利益を削り、体力を消耗している現実があります。

しかし、「我慢して価格を据え置く」ことは、もはや顧客満足
ではありません。持続可能なサービスや雇用の維持こそが、企
業の社会的責任であり、そのためには避けて通れないのが“値
上げ”という選択です。

その象徴的な事例が、カレーハウスCoCo壱番屋(ここ壱)の
一連の動きです。

■2度の値上げを断行した「ここ壱番屋」の判断

CoCo壱番屋は、2023年10月に続き、2024年8月にも主要メ
ニューの再値上げを実施しました。具体的には「ポークカレー」
が40円程度引き上げられ、各種トッピング商品も含め、全体的
に平均3~5%の価格改定となりました。
理由は明確です。企業努力では吸収しきれない原材料費の高騰、
最低賃金引き上げに伴う人件費負担、さらにはフードロス対策
や物流人員の確保など、継続的なコスト構造の変化に対応する
ための不可避な措置でした。
ここ壱番屋は、公式発表や各種メディアを通じて「引き続き品
質とサービスを維持するためにご理解をお願いしたい」と誠実
に訴えました。

■一部の批判と客数減、それでも「増収」

2024年8月の値上げ後、一部の報道では「また値上げか」「も
う手頃感がない」といった消費者の声が取り上げられました。
実際、ここ壱番屋の客数は前年比で約5%減少しています。
しかし、ここで重要なのはその“結果”です。値上げによって
客単価が上昇し、最終的に売上は前年を上回る「増収」となっ
たのです。
つまり、値上げによる離脱客をある程度見込んだ上で、それを
上回る価値を提供し、顧客単価を改善することで収益構造を維
持・強化したのです。
これはまさに、「企業の持続可能性を守るための戦略的な値上
げ」であり、単なる価格の引き上げではありません。

■中小企業経営者への示唆「それでも、やらねばならない」

ここ壱番屋は全国チェーンであり、ブランド力や集客力で中小
企業とは立場が違うという意見もあるでしょう。しかし本質は
そこではありません。
この事例が伝えているのは、「批判があっても、客数が一時的
に減っても、やらねばならない時はある」という、経営者の覚
悟の問題です。
価格据え置きで利益が出なければ、従業員の待遇も設備も守れ
ず、顧客へのサービスも劣化します。逆に、価格を見直し、そ
の分の価値を磨き、納得を得る努力を続ければ、収益性は維持
できます。

■価格据え置きは「顧客第一」ではない

多くの経営者が「値上げは裏切り」「顧客に申し訳ない」と考
えがちです。しかし、安価にこだわるあまり、品質が低下し、
スタッフが疲弊し、事業が先細っていくようでは、本末転倒で
す。

今必要なのは、「価格=信頼の対価」という意識です。「うち
は値上げしません」と言うのではなく、「品質と人を守るため
に価格を見直します。その価値は必ず提供します」という姿勢
こそが、経営者の責任です。

■“痛み”を乗り越えるのは、「覚悟」と「説明力」

値上げには一時的な客数減や批判のリスクが伴います。しかし、
それでも向き合わなければならない時があります。それが今で
す。

ここ壱番屋は、繰り返し値上げを実施しながらも、増収を実現
しました。これは、「経営の持続性を守るために、逃げずに選
択を下した」結果です。

中小企業にとっても、それは同じです。値上げは“最後の手段”
ではなく、長期的な競争力と信頼性を守る“戦略”です。今こ
そ、値上げの恐怖から解放され、「伝える力」と「信頼づくり」
で乗り越える経営へ、シフトしていくことを強く提言いたしま
す。