人を雇う、広告を出す、値引き販売をする。
経営にはさまざまな意思決定がありますが、最も気がかりなの
は採算が取れるかどうかという点ではないでしょうか。
最終的には実際にやってみなければ分からない部分もあります。
しかし、その前に机上で採算が合うかどうかを検証することは、
非常に重要なプロセスです。

投資判断において鍵になるのが、採算ラインとなる売上高です。
専門的には損益分岐点売上高と呼びます。
損益分岐点売上高は固定費を変動費率で割ることで求められま
すが、変動費率を正確に算定するのは手間がかかるため、まず
は粗利益率で代用して大まかな採算ラインを把握する方法が実
務上便利です。
固定費を粗利益率で割った金額が、投資が採算に乗る最低限の
売上高となります。

ここからは、よくある3つのケースで考えてみましょう。

■ 営業人員を採用する場合

粗利益率が30%の商品を扱う会社が、新たに営業社員を雇うケ
ースを考えます。
例えば、この営業社員にかかる固定費が総額で45万円(月収30
万円、福利厚生費5万円、営業経費10万円)だとします。

固定費45万円を粗利益率30%で割ると、損益分岐点売上高は
150万円となります。
つまり、この営業社員が毎月150万円の販売を達成できなけれ
ば赤字要員となり、採用が企業収益に貢献しません。
さらに会社として利益を上げたい場合は、この150万円に期待
利益を上乗せした金額が、採用時の最低ラインになります。

■ 広告費の採算を考える場合

粗利益率30%の商品について、広告費として100万円を投じる
ケースを考えます。

固定費となる広告費100万円を粗利益率30%で割ると、損益分
岐点売上高は333万円となります。
つまり、100万円の広告投資を行う場合、その広告によって333
万円以上の売上が見込めなければ採算が取れないということに
なります。

■ 値引き販売の採算を考える場合

粗利益率30%の商品を5%値引きして販売する場合、粗利益率
は約26.3%に低下します。

固定費が50万円だとすると、通常販売時の損益分岐点売上高は、
50万円を30%で割って約166万円。
値引き販売後は、50万円を26.3%で割って約190万円。

つまり、値引きによって必要な売上高は24万円ほど増えること
になり、ここを超えて初めて値引き販売の効果が出てくるとい
う計算になります。

投資判断を誤る会社の多くは、明確な損益分岐点の把握をせず
に意思決定を行っています。無謀な値引きや過大な広告投資、
人員採用の失敗などがその典型です。

投資に踏み切る前に、固定費と粗利益率から損益分岐点売上高
を算出し、そのラインが現実的に達成できるかどうかを必ず確
認していただきたいと思います。

中小企業が長期的に発展するためには、収益の柱を複数持つこ
とが重要です。しかし、限られた人材や資金の中でゼロから新
規事業を立ち上げるのは、容易ではありません。新しい市場や
技術に対応しきれず、試行錯誤の末に撤退を余儀なくされるケ
ースも珍しくないのが現実です。

こうした中で注目されているのが、「M&A(企業・事業の買
収)」を起点とした新規事業創出のアプローチです。既存の経
営資源だけでは届かなかった分野やスピードを、M&Aによっ
て一気に補完し、成長の軌道に乗せることが可能になります。

■M&Aはなぜ新規事業の有効な手段となるのか?

まず第一に、M&Aは「すでに顧客や収益を持つ事業」を取り
込む手段です。自前で一から市場開拓や商品開発をするよりも、
はるかにリスクと時間を抑えることができます。

第二に、M&Aは技術・ノウハウ・人材といった「見えない資
産」を獲得する機会でもあります。たとえば、自社が不得意と
するデジタル領域やマーケティング分野を強みとする企業を買
収すれば、短期間で競争力のある新サービスの展開が可能です。

第三に、現在の日本では後継者不足に悩む中小企業が多く、良
質な事業を比較的安価に取得できる環境が整っています。これ
は中小企業にとって大きなチャンスであり、将来の成長エンジ
ンを外部から取り込む好機といえるでしょう。

■中小企業がM&Aを活用して新規事業を成功させるためのス
テップ

●目的の明確化と戦略立案

まず、自社の経営課題や成長ビジョンを整理し、「なぜ新規事
業が必要か」「どの分野に進出すべきか」を明確にします。将
来のポートフォリオをどう描くかが、すべての判断軸になりま
す。

●M&Aの狙いを具体化する

単なる事業規模の拡大ではなく、「どのような相乗効果を得た
いか」を明確に定義します。既存顧客へのクロスセル、新しい
サービスの開発、または人材の獲得など、目的を明確にして初
めて、適切な対象企業が選定できます。

●専門家と連携し、適切なマッチングを行う

M&Aは専門的な知見が求められる領域です。中小企業の立場
に立って支援してくれるM&A支援事業者、税理士、金融機関
などと連携し、実行可能性の高い候補を見極めることが重要で
す。中小企業庁や商工会議所など公的支援の活用も有効です。

●買収後の統合(PMI)を重視する

M&Aは「買ったら終わり」ではなく、「買ってからが始まり」
です。文化や業務の違いを乗り越え、一体感ある組織を築くた
めの統合プロセス(PMI:Post Merger Integration)を丁寧に
設計し、段階的に実行する必要があります。

●新しい価値を創出する事業モデルの再構築

単なる延長線上ではなく、自社のリソースと買収先の強みを掛
け合わせることで、「これまでにない価値」を創出することが
最終目標です。製造業×IT、小売×地域サービス、既存事業×
海外市場など、多様な組み合わせの可能性を探りましょう。

かつては「守りの経営」が重視されてきた中小企業経営ですが、
いまや「攻めの一手」が未来を切り拓く鍵となります。M&A
は中小企業にとって未知の領域に思えるかもしれませんが、適
切に戦略を練り、信頼できるパートナーと共に進めれば、十分
に実現可能な成長戦略です。

リスクを恐れるより、未来への布石をどう打つか。自社の強み
を活かしながら、外部資源を取り込むことで、これまでにない
新しい事業展開の途が開かれるかもしれません。