赤字続きだった会社がようやく黒字に転じる。経営者にとって
これ以上うれしい瞬間はありません。ところが、その途端に
「社長用の車を買おう」「新しい事業に投資しよう」と行動に
移すケースをよく目にします。長く我慢を強いられてきただけ
に、その反動としての解放感は理解できますし、「ここまで回
復したのだから大丈夫だろう」という気持ちになるのも自然な
ことです。
しかし、ここに落とし穴があります。黒字化した瞬間はあくま
でスタート地点に戻ったに過ぎません。まだ繰越損失が残って
いる、自己資本比率が10%程度と低い、流動比率が100%に満
たない。そんな状態では、一度の赤字や資金繰りの乱れで再び
危機に陥る可能性があります。黒字決算を出したからといって、
財務体質が健全化したわけではないのです。
では、なぜ経営者は“まだ早い”投資や消費に踏み切ってしまう
のでしょうか。第一に心理的な「ご褒美効果」があるのではな
いでしょうか。苦境を乗り越えた安堵から、自分や会社に何か
報いてあげたいと考えてしまうように思います。第二に「過信」
です。業績回復を恒常的なものと錯覚し、銀行も前向きに見て
くれているから資金調達も安心だろう、と判断してしまいます。
第三に「周囲の目」もあります。社長が車を買う、オフィスを
きれいにするなど“景気のいい姿”を見せることで、取引先や社
員に安心感を与えたいという気持ちです。
しかし、銀行や投資家が見ているのは心理ではなく数字です。
何より重視されるのは、利益の積み上げによって繰越損失が解
消され、自己資本比率が一定水準に回復し、流動比率が安定し
ているかどうか。これらの基盤が固まるまでは「もう少し我慢」
が必要です。
むしろ経営者にとっての本当のご褒美は、「財務が健全化した
ことで将来の投資が自由にできる状態」を手に入れることです。
派手な動きよりも、地味に黒字を積み重ね、債務超過を脱し、
銀行の信頼を確実に取り戻す。そうして初めて、新規事業や大
型投資の“順番”が巡ってきます。
黒字に転じた瞬間は、投資や消費に走りたくなる気持ちが高ま
ります。しかし、その心理に流されることこそが、再び財務を
悪化させる最大のリスクです。経営者に必要なのは「もう一歩
の我慢」。その積み重ねが、未来の大胆な挑戦を可能にする財
務基盤をつくります。