…前回号の続きです。
近年、従業員のモチベーション低下や「静かな退職」といった
現象が注目されています。背景には、業務の曖昧さや不明瞭な
評価基準があり、社員が「頑張っても報われない」「何を期待
されているかわからない」と感じる構造が根本にあります。
中小企業にとって、社員一人あたりのパフォーマンスが経営に
直結する以上、職務を明確に定義し、範囲と責任を言語化して
共有することは、単なる人事管理の話ではなく、経営戦略その
ものです。
■ なぜ「職務の明確化」が必要なのか?
1人が複数業務を担うことの多い中小企業では、業務が属人的・
暗黙的になりがちです。結果として以下のような問題が生まれ
ます。
・やっている人とやっていない人の差が曖昧で、不公平感が生
まれる
・引き継ぎができず、人が辞めるたびに混乱する
・助け合いのつもりが、特定の人に業務が偏り「静かな退職」
状態に陥る
こうした状況を打破するには、「誰が、何を、どこまで、いつ
までに、どのレベルでやるか」を明文化する「職務記述書(ジ
ョブディスクリプション)」の作成が有効です。
■ 職務記述書に含めるべき要素(基本構成例)
以下が、1職種・1ポジションあたりに設定すべき基本項目で
す。
・職務名…営業担当(新規開拓)/経理スタッフ/店舗マネー
ジャーなど
・主な業務内容…顧客訪問・見積作成・売上管理・受注進捗の
確認など
・担当範囲・対象…○○地域内の中小企業/○○製品の販売業
務など
・成果指標(KPI)…月間訪問件数20件、受注率15%、請
求ミスゼロなど
・権限と責任…値引き権限10%まで、最終承認は上長など
・上司・関係部署…営業部部長/受発注管理課と連携など
・評価基準…達成度/チーム貢献度/報告・連絡・相談の適正
など
■ 実例:職務記述書の簡易フォーマット(営業職例)
・職種名…法人営業担当
・業務内容
自社製品の新規顧客開拓(訪問・ヒアリング・提案)
契約交渉・クロージング、初回納品後のフォローアップ
週次での営業日報作成と上長への報告
・担当エリア/対象…関東エリアの中堅製造業(50社程度)
・KPI(数値目標)
月間アプローチ件数:50件
面談実施件数:15件
契約件数:3件
・評価指標(定性+定量)
契約件数と売上高の目標達成度
チーム活動(同行営業、提案資料共有など)への貢献度
顧客からのフィードバック・満足度
・権限・責任
単価10%以内は調整可能。範囲外は上長決裁
・報告ライン…営業部課長に週1回の報告、月1回の面談
■ 実務で導入する際の進め方
中小企業では、「紙に書くより、まず動け」という現場気質も
根強くあります。しかし、以下のステップで無理なく進められ
ます。
1.まずはモデル職種から始める(例:営業/総務/店舗責任
者)
2.社員本人に「自分の仕事を棚卸し」してもらう(1週間分
の業務記録を取らせる)
3.経営者や管理職が「どこまでを期待しているか」をすり合
わせる
4.簡易的でもよいのでフォーマットに落とし込み、共有する
5.半年に1回は見直す(仕事は変わっていくため)
■ 職務の明文化がもたらす5つの効果
1.社員が「やるべきこと・やらなくてよいこと」が明確にな
り、過剰な負荷を防げる
2.評価の透明性が増し、納得感のあるマネジメントが可能に
3.属人業務が減り、誰が抜けても引き継げる体制ができる
4.無理なく、静かな退職のリスクを減らせる
5.人材育成がしやすくなり、外部人材や若手の受け入れもス
ムーズに
■ 中小企業だからこそ、“見える化”が武器になる
職務の明確化というと、「うちの会社には難しい」「そこまで
整備する余裕はない」と考える方も多いかもしれません。しか
し、規模が小さいからこそ、1人の役割が明確になることで全
体の動きがスムーズになるのです。やるべきことと、やらなく
てよいことを明確にする。これは、社員を楽にするだけでなく、
経営者が安心して任せるための“仕組み化”でもあります。
まずは一職種、一枚の紙から。御社の人材力が、より生産的で
持続可能な力に変わる第一歩になります。