■企業経営の王道は「選択と集中」にあります。限られた経営
資源を一点に集め、深く掘り下げて競争優位を築く。これは古
今東西を問わず成功企業に共通する原則です。しかし今の日本
では、この原則をそのまま信じて突き進むことが、かえって企
業を危うくする局面が増えています。
人口減少、人手不足、最低賃金の上昇、物価高騰、こうした構
造的変化が中小企業の体力をじわじわと削っています。需要そ
のものが減少し、かつての主力事業が「成長の足かせ」と化す
例も少なくありません。にもかかわらず、「昔からの得意分野
だから」「社員が慣れているから」といった理由で、斜陽事業
にしがみついてはいないでしょうか。
経営において大切なのは、「集中」と「執着」を混同しないこ
とです。守るべきは“強み”であって、“形”ではありません。
環境が変わったなら、強みを新しいフィールドで活かす勇気が
必要です。その具体的なヒントが、多角化で成功した中堅企業
の中にあります。
●M&Aを活用し成長速度を上げたイチネンホールディングス
自動車リース業からスタートしたイチネンHDは、M&Aを通
じて化学品・建設・工具販売などに事業を広げました。安定収
益と成長分野を組み合わせた結果、不況にも強い体質を確立し
ました。
◎教訓は、「ゼロからではなく、他社の強みを取り込んでスピ
ードを得る」ことです。時間を味方につけた多角化は、中小企
業にこそ有効です。
●外部資本を取り込み拡大した星野リゾート
軽井沢の一旅館だった星野リゾートは、外部投資家と組み、運
営に特化したホテル再生ビジネスへ転換。「界」「リゾナーレ」
「OMO」などブランドを細分化し、急成長を遂げました。
◎教訓は、「自前主義に固執せず、外部資源を柔軟に取り込む」
ことです。中小企業ほど連携を恐れてはなりません。
●ブランドの信頼を新分野に拡張した中村屋
和菓子店として創業した中村屋は、洋菓子やカリー、レストラ
ン事業に進出。「中村屋の品質」というブランドを守りながら、
新市場で信頼を獲得しました。
◎教訓は、「ブランドは新事業の共通言語」であるということ。
顧客の信頼は、新分野への最強の橋渡しです。
●シナジーを生かしバリューチェーンを広げたワイズホールデ
ィングス
自動車修理業を核とするワイズHDは、後継者不在の企業をM
&Aで統合し、部品流通やリサイクルにまで事業を拡張しまし
た。
◎教訓は、「多角化は遠くを見るより、近くを掘る」こと。既
存顧客の未充足ニーズにこそ、新事業の種があります。
■成功の共通点と、経営者への示唆
これらの事例に共通するのは、いずれも「逃げの多角化」では
なく「攻めの再構築」であるという点です。本業の強みを核に
据えながら、新市場や新モデルに挑む姿勢。これが現代の中小
企業に求められる“戦略的多角化”の本質です。
■経営者が今取るべき行動は、
・本業の将来性を冷静に見極める
・周辺分野への拡張やM&Aを検討する
・外部パートナーと連携してリソースを補完する
・ブランドの信頼を新事業にも活かす
・そして、撤退を恐れずポートフォリオを動的に運営すること
これらを実行できる企業こそ、環境変化を逆手に取り、次の10
年をリードできるでしょう。
「集中」とは、過去に固執することではなく、未来に焦点を合
わせることです。変化の時代において、最も危険なのは“何も
しないこと”。中小企業にこそ、守るための多角化、そして攻
めるための変革が求められています。