近年、若手社員を中心に「静かな退職(Quiet Quitting)」が
注目を集めています。これは仕事を放棄する退職ではなく、必
要最低限の業務はこなすが、それ以上の負荷や熱意は求めない
働き方です。海老原嗣生氏の著書『静かな退職という働き方』
では、この現象が単なる個人の怠慢ではなく、むしろ時代の要
請であり、世界の労働観の変化に対応した合理的な選択である
ことが明らかにされています。
とりわけ注目すべきは、本書第2章「欧米の標準」で紹介され
ている、海外における労働とマネジメントの在り方です。そこ
から私たち中小企業経営者が学ぶべきことは多く、いまや“熱
意による管理”の限界を認め、“成果と環境の両立”を軸にした
マネジメントへと転換することが急務です。
■ 欧米の働き方、「静かな退職」はむしろ標準
欧米では「職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)」が明
確に定められており、労働者はその範囲内で成果を上げること
が求められます。上司が部下に業務外の雑務を頼むことはタブ
ー視され、残業も原則ありません。著者は、アメリカの事例と
して「定時退社後、携帯を切って家族と過ごすマネージャー」
の姿を紹介しています。そこにあるのは、「生活があってこそ
の仕事」という合理的な価値観です。
一方、日本では「気を利かせて動く」「言われなくてもやる」
といった“心のサービス”が美徳とされてきました。結果として、
労働者は曖昧な期待と過重労働に晒され、心理的離職(静かな
退職)を選ぶ人が増えています。
■ 中小企業こそ「静かな退職」をマネジメントの転換点に
この「静かな退職」は、大企業に限らず、中小企業にとっても
見過ごせない問題です。従業員数が少ない分、ひとりひとりの
モチベーションや稼働率が経営に直結するからです。
しかし、ここで考えたいのは、「静かな退職」を否定するので
はなく、それが“過剰期待に対する防衛反応”であることを受け
止めることです。欧米のように、業務の線引きと評価基準を明
確にし、社員が「何をどこまでやればいいか」を安心して理解
できる環境を整えることで、静かな退職は未然に防げます。
■ 今後のマネジメントに対する提言
以下に、海老原氏の示唆をもとにした中小企業向けの具体的な
対応策を示します。
【1】職務範囲の明文化と共有
業務の属人化や曖昧な役割分担は、無意識の負荷増加を招きま
す。各職種・ポジションごとに「やるべきこと/やらなくてよ
いこと」を可視化し、本人とすり合わせる仕組みを構築しまし
ょう。
【2】「熱意」より「成果」評価へ
従来の「頑張っている姿勢」や「遅くまで残っている人」を評
価する風土は、静かな退職を誘発します。時間や態度よりも成
果や改善提案、数字などの定量評価に軸足を移すことが重要で
す。
【3】定時退社を前提とした業務設計
「忙しいこと=良いこと」という価値観は見直すべきです。定
時で終われる設計を前提に業務量や会議時間を再構築し、生産
性向上を意識した働き方を促しましょう。
【4】「期待の押しつけ」から「選択の提案」へ
例えば「もっと学んで欲しい」「リーダーをやって欲しい」と
いった期待は、裏目に出ることもあります。キャリアの選択肢
を提示し、本人の意思に委ねる姿勢が信頼を築きます。
【5】1on1ミーティングの制度化
定期的な対話によって、「何にモヤモヤしているか」「過剰に
抱え込んでいないか」を確認できます。上司からの一方的な指
導ではなく、双方向の確認と共感がポイントです。
■組織の“静かな成長”を目指して
「静かな退職」は怠けのサインではありません。むしろ、時代
と働き手の価値観が変化していることを知らせる警鐘です。欧
米ではすでに標準化しているこの「働きすぎない」文化は、む
しろ人材を長期的に活かす合理的な方法とも言えます。
日本の中小企業がこれからも持続的に成長していくためには、
「熱意や根性頼み」のマネジメントから、「役割の明確化と成
果重視の信頼型」マネジメントへと移行することが不可欠です。
社員が静かに“心を退職”してしまう前に、静かにマネジメン
トの舵を切ること、それが今、経営者に求められている変化で
す。