「我々の敵は、もはや同業者ではない」この言葉が今、多くの
経営者に突きつけられています。これは早稲田大学ビジネスス
クールの入山章栄教授が著書『世界標準の経営理論』(ダイヤ
モンド社)で提起した、(新)レッドクイーン理論に通じる核
心です。

従来のレッドクイーン理論とは、スタンフォード大学のウィリ
アム・バーネット教授が提示した理論で、名前の由来は『鏡の
国のアリス』の「赤の女王」が発した「今の場所にとどまりた
ければ、今の倍の速さで走り続けなければならない」というセ
リフにあります。これは、周囲も進化し続ける世界では、自社
が現状維持するためにはそれ以上の努力をしなければならない
という示唆です。

この理論はまさに日本の製造業の発展過程に当てはまります。
高度経済成長期、企業同士が品質、精度、価格、納期といった
スペックで熾烈な競争を繰り広げ、その過程で驚異的な技術力
と生産性を獲得しました。世界に誇る「メイド・イン・ジャパ
ン」は、この競争の産物といえます。

しかし、それは同時に「スペックの同質化」をもたらしました。
つまり、競争の軸が似たり寄ったりになり、製品やサービスに
対する本質的な差別化が難しくなったのです。このような状態
にあると、業界全体が「進化しているようで、実は同じ場所に
とどまり続けている」状態に陥ります。

ここで登場するのが「(新)レッドクイーン理論」です。入山
教授は、キツネとウサギの例で説明します。キツネはウサギを
捕らえるために、ウサギはキツネから逃げるために、それぞれ
進化を続けてスピードを増します。しかし、空から猛禽類(タ
カやワシ)が飛来すれば、そのスピード競争は意味を失います。
異次元の脅威に対しては、従来の競争ルールでは太刀打ちでき
ないのです。

現代のビジネス環境では、まさにこの「空からの脅威」が次々
と登場しています。例えば、IT業界によるプラットフォーム
ビジネスが製造、流通、小売、金融、教育など、あらゆる業界
に変革をもたらしています。AIの進化、気候変動への対応、
消費者の価値観の変化なども、従来の「業界内の競争」では対
応しきれない課題です。

では、これにどう対応すべきか。まず第一に、視野を広げるこ
とが必要です。競争相手はもはや「隣の会社」ではありません。
顧客の選択肢は、業界の枠を超えて広がっています。たとえば、
車を買うのではなくカーシェアを選ぶ若者、家具を所有せずサ
ブスクで利用する家庭。こうした変化は、業界内のスペック競
争では捉えきれません。

次に、「顧客起点の発想」を徹底することです。同業者が何を
しているかよりも、顧客が何を求めているのか、どんな不満や
期待を持っているのかに耳を傾けるべきです。顧客の課題を起
点にビジネスモデルを再構築することで、新たな市場や価値の
創造につながります。

さらに、「異業種からの学び」も経営力を高める鍵になります。
製造業がサービス業のカスタマー体験設計から学ぶ、飲食業が
IT業界のサブスクリプションモデルを参考にするなど、視野
を広げることで新しい発想が生まれます。

中小企業にとっては、大企業に比べて意思決定が速く、小回り
が利くという強みがあります。柔軟な発想とスピーディな行動
こそが、変化の時代を生き抜く力となります。

今、私たちに求められているのは、「競争のスピードを上げる
こと」ではなく、「競争の枠組みそのものを見直すこと」です。
目の前の同業者との競争に勝つことが目的ではなく、顧客や社
会に選ばれ続ける企業となること。それが、中小企業がこれか
らの時代を生き残るための道筋です。

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